このサイトは全年齢向けを装っている自覚はあるような気がしなくもないような感じかもしれません。
つまるところ、色々盛り込みすぎて何やりたいのかわかんなくなってきたわけです。ロアルカの幅と深さは測りしれん、ゴクリ……あ、焦点が散漫なだけですかそうですか。
うちの二人は基本的にサド同士っていうか、ケンカップルなのかもしれない。
悪魔が耳元でささやいた気がした。
その悪魔は、桃色のふわふわした柔らかい髪の愛らしい見た目とその可愛らしい声とは裏腹に、辛らつな言葉遣いと抜け目のないサービス精神を装った商売根性とを併せ持つ、そういう姿をしているに違いない。
「……っ」
少しだけ逃避していると、腕の中のルカがかすかに身じろぎした。クロアは反射的に、彼女の左脇にあてている手の力をほんのわずかに抜く。ここで露骨に手を止めてしまえば彼女はこちらに遠慮してますます我慢するだろうし、何よりその分時間がかかってしまう。
手の力を抜くと、ルカは一瞬だけ詰めた息をそっと吐き出したようだ。気づかれないようにか、本当にかすかにとどめているが、隙間なく密着するように抱きしめあった体勢ではさすがにわかる。
余計な思考を遮断して、手の中に納まる固い塊と、自分の胸に顔をうずめながら肩をすぼめてじっと激痛に耐えるルカのかすかな態度の変化に注意する。
最初の頃はこちらも勝手が分からず、そんな微かな変化を見逃して、痛い思いをさせていたと思う。そして、今もこれでいいのかよくわからない。だから、何度行ってもこの延命剤投与には慣れる気がしない。
文字通りレーヴァテイルである彼女たちを「延命」するための、命を繋ぐ重要な投与だ。激しい痛みを伴うというその行為は、だからこそ心を許し信頼した相手に支えられながら投与してもらうというのがレーヴァテイルらの常だそうだが、自分にしてみれば相手だけが痛みを感じるというのが、どうにもすわりが悪い。
自身への痛みならたいていのものなら我慢できるが、誰かが痛い思いをしている姿を見るのは、心をえぐられるような感覚がして何度経験しても苦手だった。
しかし、延命剤投与は3ヶ月に一度、必ずやってくる。定期的に行わないとルカの命が確実になくなるという、残酷な現実がついてくる。そしてそのたびに彼女は声も漏らさず、ただひたすらに激痛に耐えるのだ。泣き言も漏らさずただじっと耐えている姿が、ますます痛ましい。
以前一度だけルカ以外のレーヴァテイルに延命剤を投与したとき、彼女は痛い痛いと散々漏らしていたものだ。ちなみに、ずいぶん後になって、彼女がそんな明け透けな態度を見せるのは珍しいと耳にしたのだが、こういうときくらいはあれ位はっきり態度に表してくれたほうがこちらの精神衛生上よっぽどいい、と思ったものだ。今のように歯を食いしばるようにして漏れてくる声を我慢することなく、いっそわめいてくれるほうが、こちらも投与の力加減がわかりやすくていい。
それに、投与中はどうしても二人きりで作業と感覚に集中しがちだ。それがまた痛覚を鋭敏にしている原因ではないかと思いはじめていた。
そこで先ほどの悪魔のささやきだ。あの可愛らしい悪魔――もとい、心の護はなんといっていた?
(確か、脇がどうとかって)
ちらりと視線を下ろす。まずむき出しの白いうなじが見えた。ルカは髪を上げているのが常なのだが、今は少しほつれて細くつややかな髪が首筋にかかっている。その向こうには、上着を脱いで大半が露出されなだらかにカーブする背中と、自分の腕と、それに抱かれるくびれた細い腰。シャツを通しても感じる、少しだけ粗くなった息づかい。
唾を飲み込むのを我慢する。喉を鳴らせば彼女は気づくだろう。彼女の命を繋ぐ神聖な行為の最中に、邪念を持ったことを知られれば情けなくてしょうがない。
もう一度、余計な思考を追い払う。背中から視線を横にそらす。自分から見て右側、彼女の左半身。
ルカは左腕を体の前にずらし、胸部のインナー横を少しだけめくって、肋骨脇にあるインストールポイントを露出させる。右腕と肩をすぼめて固く脇を締めるので、ほとんど脇は露出していない。しかし、インストールポイントのある左側はがら空きだ。
今まではなるべく集中を乱さないようルカのためにも――余計なことを考えかねない自分のためにも、接触は最低限にしてきた。
でも、もしもあの心の護の言ったことが本当なら?
薄く汗が吹き出るのを感じながら、延命剤をつかむ手をゆるくほどき、ぐっと押し込む形を装って、インストールポイントの少し下を指先でなでる。
「ぁ……ゃんっ」
今までとは少し違う動揺が、腕の中から聴こえた。声を漏らした本人もあっと小さくつぶやいて、一瞬慌てた様子で身じろぎするが、この体勢では手で顔を覆うことも出来ないと気づいたのか、とにかくうつむいて顔を隠そうとする。
視線を下ろすと、わずかに見える額が真っ赤になっているのが見えた。
「ルカ、痛かったか?」
「う、ううん……なんでも、ないよっ」
声をかけられたのが驚いたのか、それともいまだに指先が脇下を触れているのに感じ入る部分があるのか、肩が小刻みに震えている。
延命剤は残り少ない。過去の観測の経験から思うに、この最後の詰めが特に痛い部分らしい。
「……ごめん」
「え、何?」
思わず声に出してしまった言葉に反応して、ルカが顔を上げた。わずかにうるんでいる大きな瞳。
腰に回した腕にいっそう力を込めて、彼女の顔を自分の胸にうずめさせた。
「なんでもない」
「えっ、なんでって、その……クロアに、してほしいから……。
牢屋のとき? あ、ああ、あの時……って、ごめんなさい! 私、本当にひどいこと言っちゃったよね。クロアだけが悪いわけじゃないのに、クロアだってわけわかんなくて困っていただろうし、一人勝手に爆発して、そのくせ八つ当たりして、本当にごめんなさい……。
え、そうじゃなくて? ……私、なんていってたっけ……ああ、そっか、そうだね、そんなこといったかも。
うん、それも本当。どんなに泣いてもわめいても、痛いものは痛いし、でもやらなくっちゃ死んじゃうし。レーヴァテイルになって出来ることも増えたけど、不便とか不満が少しスライドしただけで、結果的にプラスマイナスは以前とそう変わらないなって、今も、そう思う。
それでね、痛いことには変わりないけど、ううん、変わらないからこそ、クロアに、して欲しいなって思うの。
なっ、だからそれはなんでって、そのぅー……言わなくちゃダメ? ……クロア、なんかこういう時ちょっと怖いよーな……ううん、なんでもない。
あっ、あのねっ、牢屋で投与してもらったとき、確かに痛いことは痛かったんだけど、それまで一人でしていたときよりずっと、痛くなかったなって思ったんだ……あれ、なんかおかしいね。
多分、クロアがこっちのことを気遣ってくれてるんだなって感じたからだと思う。こっちが痛がるだろうからって、すごく慎重に丁寧にしてくれてるんだなって、そう感じたの。
自分がやったことだけど――あんなにひどいこと言われて、それでも私なんかのこと気遣ってくれてるんだって思うと、痛いのに痛くないって言うか、痛みとは違うあったかいものを感じて……それが、なんだか嬉しくて。
だから、だからね、その、もし、クロアがよければ……これからもクロアに欲しいなって、そう思うの。
だ、ダメかな?
――って、え? クロア? どうし、ちょちょちょーっと待って待って! え、ちょっと何す、やっ、どこさわっ――……んっ」
必要な部分だけ回想して、思考を閉じる。
こう言われて何度となく延命剤投与をしてきたが、今でも、今だからこそルカが本当に痛がっているのはわかるし、それで本当に自分なんかでいいのかもよくわからない。
だからせめて。
腰に手を回したほうの手を少しずらして、肋骨の固さ、くびれた腹部の柔らかさを感じながら、滑らかな皮膚の表面を指先でなめる。
指の動きに敏感に反応して、ルカが腕の中でびくりと背筋をそらした。その瞬間に、少しだけ強く押し込んだ。
「……っく、ん」
いつものようなきつく息を詰める動作がない。代わりに、新たに生まれた刺激に反応して熱い呼吸が吐き出され、耳をかすめる。驚いて瞳が大きく見開かれ、長いまつげが顎に触れた。
じりじりと右手に力を込め続け、ルカが息を詰める瞬間には脇を少しだけ浮かした指先ですっとなでた。途端に集中が散るのか、食いしばっていた唇がほどけて小さな声が漏れ出す。
少しだけ、ほんの少しだけ気になって、これまでなるべく視界にいれないようにしていたルカの顔を覗き見る。
シャツを固く握って、胸に顔を押し付けて耐えている。ウィークポイントに触れられるたびに、肩が小さく跳ね上がり、後にはっと大きく息を吐く。
苦痛とは違う色が混じった顔は微かに上気して、うるむ程度だった涙はいまや大きな粒となっていた。
そっと視線をそらして目を瞑り、ルカの仕草にだけ集中することにした。
あと最後の一押しとなったところで、さすがにルカが異変に気づいたようだ。
「く、クロアっ!? あのちょっとこの手をどかしてほし――」
「悪い、もう少しで終わるから」
「や、そ、そうじゃなく――この手を、ちょっと離して欲しいんだけ」
顔を上げたルカの瞳から一筋涙がこぼれた。それでもなお何か言葉を続けようとするルカの唇を、勢いこちらの唇を重ねてふさぐ。しまった、と思い浮かんだが、一瞬ルカの身体がこわばった隙に最後の欠片を押し込んだ。
衝撃に驚いたのか、こちらの唇を噛まれた。それを認識する前に、ルカが最後の衝撃に精一杯背筋を大きくそらし、
「痛――っ」
自由になった唇でルカがそう口走る。
くたりとうな垂れるルカを片腕で支えたまま、延命剤が持っていたほうの手の平を何度か握り開いて、全て投与し終えたことを確認する。噛まれた部分から血がにじんでいるが、大した出血でも深さでもないようだ。
「くーろーあー」
唇をなめて血を止めているうちに、復活していたルカが二の腕のあたりを思い切りつかむ。容赦なく爪も立てているのか、シャツを通して肉に食い込んでかなり痛い。
「何でっ」
「何が」
「何で知ってるの!?」
「……何を?」
「あっ、クロア、今すごく悪い人の顔になった!」
「気のせいだろう。眼鏡をかけているとよく年より上に見られるからな」
眼鏡を押し上げるフリをして、視線をそらす。
「クロアって、嘘つくとき視線をそらすよね……」
墓穴を掘ってしまった。
「だからっ、なんで私が脇を触られることに弱いことを知ってるのー!?」
しかし自爆はルカの専売特許だった。
そらした視線の先で思わず吹き出しそうになる衝動を押さえながら、なるべく穏やかな声で振り向いた。
「へえ、そうだったんだ。知らなかった」
こちらの言葉でようやく自ら墓穴に飛び込んだことに気づいたのか、あっと口を押さえて今度はルカが視線をそらし、ごにょごにょと何事か呟きながら唇を尖らせる。
「ごめん、知ってた」
今度こそ吹き出して、子供のようにすねた顔のルカを見ていたら、さすがに申し訳なく思って素直に謝る。
「顔、笑ってる」
ジト目でにらまれる。
本当は、別の感覚を与えることで少しでも苦痛がまぎれればと思っていたのだが、詰めが甘かったせいで最後の最後で痛い思いをさせてしまった。それには非常に申し訳ないと思うのだが、それ以上にルカの口から「痛い」という言葉を引き出せたのは僥倖だ。
「ルカ、痛かったら言ってくれ。そっちの方が、安心する」
「え?」
「痛いのはどうしようもないんだろう? なら、そんなルカの気持ちを知って、少しでも痛くないようにしてあげたいし、少しでも痛みがまぎれて欲しいと思う。だから、いっそわめいてくれるほうがいい」
「でも……クロアにこれ以上迷わ」
何か言おうとしていたルカの唇に軽くキスして言葉を止める。
「俺には存分に迷惑をかけてくれてもいいんだ。それが恋人の役目だろう。それに――」
いまだにしがみつく体勢でいて、それなのにインストールが終わって油断しているのか、ルカの両腕はいまやだらりと垂れている。その隙に空いていた片腕を脇に差し込んで、元々ルカを支えていた腕とあわせて細い身体を抱き上げる。
爪先立ちになる高さまで持ち上げられて、その上ウィークポイントを強くつかまれて、完全に寄る辺を無くしてルカはわたわたと宙を泳いだ。
「そうしてくれないなら、今日みたいなことで誤魔化すことになるんだけど?」
意味に気づくまで一瞬間があって、そして耳まで赤く染まる。
「クロアのバカっ!」
そう叫んで暴れたルカを取り落とし、重なるようにそのまま床に倒れ付した。
背中をしたたかうって痺れていると、いち早く身を起こしたルカに馬乗りにされた。胸の上に両手を置かれて、鼻先が触れそうなくらいにぐっと顔を近づけてきた。
「次からは、遠慮なんてしないんだから! クロアが、もう嫌っ、ルカ様ごめんなさい! って言うくらいに叫んで喚いて大暴れしてあげるんだから!」
それは大声で宣言することじゃないだろうと、内心吹き出しながら、じゃあ自分はそれをどういなそうかと頭の中でシュミレートする。ルカの言動パターンはおおよそ頭に入っているつもりだが、彼女の言動は軽々とこちらの予想と期待を超えるのもまた定石だった。
「それはありが――」
ありがたいな、と続けようとしたが、じっとこちらの顔を見ていたルカからのキスによってふさがれた。
何の脈絡があってと思うと、口の端を丁寧になめられる。先ほど噛み付かれた傷がまた開いたのか、そこから流れた血をなめとっている。
「これで、今日はおあいこねっ」
早速斜め上を行かれた。
むしろこっちがやられっぱなしじゃないかと思ったりもしたが、満足げに自分の上で腕を組んでいるルカの顔を見て、言い分どおりにカウントすることにして、次の機会はイーブンの状態で組み合おうと心に誓う。
次だけ、な。
「絶対負かしてやるんだからっ」
と、それぞれに次回への宣戦布告でその日は幕を閉じた。
あのささやきは悪魔の誘惑か、天使の導きか。
どちらにせよ、今となっては顔をあわせる機会もなくなってしまったあの人形の助言に、心の中でひっそりと感謝しするとしよう。