NAYA

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#28 2008/03/13 18:38

【text】ある夜

 ED後のルカ攻めについて本気出して考えてみた。

 ……無理じゃないかなー、という結論が出た。

 そんなネタ。

続き

 蝶番にキィと鳴かれて心臓がはねる。
 わずかに生まれた隙間からそっとのぞくと、すでに光の落ちた薄暗い部屋が見える。
 一瞬迷って、静まり返った宮殿の廊下をもう一度見回し、誰もないことを確認すると、ままよ、と勢い付けて扉を押す。
 最初以外は音もなく開いた扉から身を滑らせて、細心の注意を払って再び閉めた。ノブを戻すのにも最後まで手を添えて、かちん、と小さく音が鳴ってしまって、また心臓がはねる。
 そろそろと振り返ると、寝台の上の部屋の主は規則正しく寝息を立てて眠っている。こちらに気づいた様子もない。
 少し前、妹に「きちんとした寝巻きを」なんて言われながら半ば無理やり押し付けられたネグリジェのひらひらした裾をぎゅっと握って、寝台に一歩一歩近づいていく。寝台に近づくごとに、知らず知らずこぶしを握りこむ。
 カーテンの隙間から差し込む青い月光が、寝台をほのかに照らしている。完全に寝静まり、月明かり以外に光源のない部屋で、どうにか目を凝らして寝台までたどり着いた。
 緊張で息が上手く出来なくて、小さく喉を鳴らす。真下を向くと、ターゲットの寝顔があった。
(……相変わらず、綺麗な顔だよねー……)
 床に膝をたて寝台の端に顎と両手をのせて、シーツに反射されたほのかな月明かりに浮かび上がるクロアの寝顔を、ぶしつけといってもいいくらいにまじまじと観察する。
 よくよく考えてみれば、日ごろから顔をあわせているとはいえ、ここまで長時間直視したことはなかったような気がする。というより、出来ない。
(こっちが見ていることに気づいたら、その間中ずーっと見つめ返してくるのがクロアだもんね)
 真っ直ぐにこちらの目を見て離すのはクロアのいいところだと思う。でも、あんまり見られすぎても心が落ち着かないというか、やましいところなんてどこにもないはずだし、むしろずっと見ていてくれるなんて嬉しいことのはずなのに、あの瞳に見つめられていると感じた途端にそわそわと落ち着かなくなるのはどうしてだろう。
 一時はクロアが目の前にいるというだけでも落ち着かなくて、半ば避けるように逃げ回っていた時だってあったから、随分マシになったともいえるけれど。
 ため息を落とす。
 ちょっとだけ迷って、決意して、震える指先を寝顔に伸ばした。
 手と指の甲でそっと頬を撫でる。ひんやり乾いた感触が伝わってきて、む、と唇を尖らせた。
(全然ケアとかしてないんだろうけど、肌、キレイなんだよね)
 こっちは毎晩毎朝毎日格闘して、やっと今の状態を維持しているというのに。
 特に御子として歌手として頻繁に人前に出るようになってからは――それ以前にも独自に行ってはいたのだが――そういうことに詳しくも厳しい妹から手入れが入り、アドバイスなのか注意なのか判別しにくい意見をあれやこれやとしてもらい、気が付けば毎日の基礎的なものは以前の倍以上に膨れ上がり、月に一度は専門の職人に頼んで整えてもらっている。
 キレイになるのは嬉しいけれどちょっとだけ面倒だな、なんて感じてしまっているルカにしてみれば、なんの苦労もなくこの質を保てるのはうらやましいことこの上ない。
 ぼんやりとそんなことを考えながら、起きる気配がないことをいいことに、すべすべした肌を撫でつづける。最初は頬だけを触れていたのに、頬骨をなぞっていくうちに、顎から首へ、首からうなじへ、うなじから肩の辺りまで、服から露出している部分を指がするすると滑っていく。
 顔の造型はどちらかというと中性的であるというのに、やはり骨格や節々は少しだけごつごつしていてしっかりしている。しかし、どこを撫でても肌の感触は変わらない。
(なんか、ちょっと、ムカムカしてきたかも)
 薄暗がりの中、目を凝らして細かな肌のキメを見つめれば見つめるほど、むむっと眉間にしわがよっていくのがわかる。
 思いがけず湧き上がった衝動をとりあえず発散させようと、インク壷でもないかと部屋の中に視線をめぐらせていると、寝台がぎしりと鳴った。
 喉までせり上がってきた悲鳴を、ぎりぎりのところで飲み込んだ。
 数秒ほど間を置いて、恐る恐る視線を寝台に向ける。少しだけ、枕の上でクロアの頭の角度が変わっている。
 再び頬を触れていたルカの手に、ちょうど口付けするような角度になっていた。眠っているなりに、触られるのはくすぐったかったのかもしれない。
 それで起きた様子もなく、相変わらず規則正しく寝息を立てていた。ほっと息をつく。
 文字通り一息ついたところで、今の状況の危うさを思い出す。そうだ、こんなの不法侵入以外の何者でもないんだ。
(…………帰ろ)
 立ち上がり、入ってきたときのようにネグリジェの裾をぎゅっと握りながら、クロアの寝顔を名残惜しく見下ろした。
 見下ろしていた唇が動き、びくりと身をすくませ、そして固まる。
(いま、なんて)
 ただの息継ぎの動作を見間違えたかもしれない。声になんてなっていない。仮に何か言葉を発するための動作だったとしても、そう言ったとは限らない。
 夢の中で呼んでくれたかもとちょっとだけ浮かれて、次にそうじゃないかもと考えて落胆し、すうすうと寝息を立てながらこっちの一喜一憂を何も知らずに安らかに眠っている様子を見て、また少し唇を尖らせた。
 天井を仰いで、左の壁を見て、右の壁を見て、目を瞑ってうつむいて、一回りして、もう一度真下を見る。
 それを半眼で見下ろして、顎に手を当て、たっぷり数秒は考えて、
「……よしっ」
 思わず声に出して決意する。
 寝顔の両脇に両手を置いて、静かに体重をかけていく。耳のすぐ脇で寝台のスプリングが鳴ってしまえば、さすがに気づくかもしれない。重心移動には細心の注意をはらう。
 じれったいくらいにゆっくり頭を近づけていって、鼻先がかする距離で一瞬だけ止まり、ままよ、と今日二度目の呪文を心で唱えて、そっと唇を重ねた。
 触れるだけのキスで数秒。
 ん、と息苦しそうな感触を感じて、ぱっと離れた。
 心臓が早鐘をつくようになる。久しぶりの感触に心躍っているのか、それともただの罪悪感なのかよくわからない。はあ、と息をついて、ともかく落ち着こう、と喉の奥で呟いた。
(ちょっとはしたないかな……)
 でも、と、ちろりと唇をなめた。
(こういうのも、悪くない、かも)
 思わず目を細め、頬がにんまりと動いたのが分かる。
 普段ルカがどれだけ意趣を凝らしてアタックしても、クロアの鉄面皮でどこ吹く風。あっという間に反撃されて向こうは無傷のまま面白そうに自分で遊んでいる、というのがルカからの感想だった。
 実際にはクロアはクロアでルカの遠慮ないアタックのせいで、それこそ日ごろ装った理性を引っぺがされて本音が出てしまうほどに追い詰められ、反撃もその本音の発露の一端でしかないのだが、それはルカの知るところではない。
 ともあれ、眠っている間のことなのでクロアの記憶に残らないのが残念だが、クロアに対して負け越していると思い込んでいるルカにとって、一方的に攻め立てられる今の状況は存外貴重だ。
 そうはいっても、あまり時間をかけてはいられない。こんなことを繰り返せばいつかは目を覚ますだろうし、目覚めればまた反撃される。時間と行為を重ねれば重ねるほどその危険度は増す。
 うーん、と小さくうなり、結局、
(もっかいだけ)
と、案外ささやかな欲求にとどめて、再び屈む。
 加減が分かってきたので先ほどよりは速い速度で、しかし慎重に、もう一度唇を重ねる。
 思ったより目を覚ます気配がないので、ちょっとだけ、と心で唱えて、片手をクロアの胸にそっと置き、閉じている下唇も舌でなぞってゆるく噛む。
 胸に置いた手の平からは、布越しの熱と、こちらの舌の動きにあわせて微妙に反応する呼吸の動きが伝わってくる。眠ってるのにわかるんだ、と面白く思えてきて、胸の奥で加虐心が燻り、少しだけ強く唇を噛んだ。
 脇に向けて指を這わすと、くすぐったいのか身をよじる。人の弱点は散々からかうのに、自分だってやっぱりくすぐったいんじゃない、と毛布と裾を少しだけめくって指先で直につうと撫でた。
 それをしばらく繰り返しているうちに、一際苦しそうな吐息を感じて、そろそろ限界かな、と呟いて、今度はゆるゆると身体を離す。はあ、と熱っぽいものを帯びた息を吐き出し、知らず閉じていたまぶたを開く。
「……ルカ」
 そして、開いた視界の先に、真っ直ぐにこちらを見つめ返す黒い瞳があった。
 途端に思考が石になった。
 寝起きでまだぼんやりした様子のクロアと、目を見開いてかちんと固まっているルカがしばらく見詰め合う。
 クロアがゆっくりと瞬きをした。それを契機にルカの石化が解けていく。
「えへへ……」
 石化は一瞬だったというのに、その解除には時間がかかるらしい。思ったより上手く回らない思考にいらつきながら、表情筋だけは曖昧に微笑みを作る。
「あの、クロア、これは、その――っ!」
 とっさに腕を突き出して身を引こうとしたルカを、予想以上にしっかりした動きで伸びてきたクロアの腕が両脇をつかむ。弱いところに触れられて思わずひゃっと身をすくめ、中途半端に腰を浮かしていた体勢から、そのままころんとクロアの横に倒された。
「ルカ……」
 綺麗に仰向けに転がされて、いつの間にかの体勢逆転。
 ルカが呆気にとられている間もなく、今度はクロアがルカの頭の脇に手を置いて、ゆっくりと影が近づいてきた。
 近づいてくる黒い瞳は、少しだけ伏せられ常より潤んでいるようで、焦点があわず、どこか遠くを見ているようだ。
「え、ちょ、起きて……クロ――」
 表情とはちぐはぐに、やたらとてきぱきした動きで身体を押さえつけられる。さらさらと幕のように落ちてきた黒髪の向こうで、抵抗の声が虚しく響いた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 反 省 会 

「えっと、その……どうせ寝てるだろうけどっ、もしかしたらっ、ちょっとだけでもっ、て思ってきてみたんだけど、やっぱりクロア寝てるみたいで……でも一応っ、てノブ回してみたら鍵かかってなくて……ごめん」
「起こしてくれれば良かったのに」
「で、出来ないよぅ。クロアだって疲れてるんだし、そんなこと」
「わかった。次からはもう少し遅くまで起きていることにする」
「一緒だよ!」
「なんにせよ、ああいうのは……その、心臓に悪いからやめてくれ」
「え、だってクロアってば、起きた時もすっごく落ち着いてたじゃない」
「……気のせいだろ」
「……目、そらしてる」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
「…………とっ、途中まで夢だと思ってて、まさか本物のルカだと思わなくて、気づいた時は本気で心臓が止まるかと……」
「……夢の中の私には、いつもこんなことしてるの?」
「……。」
「……。」
「……ごめん」
「クロアのバカ!」

 終 了 

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