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#45 2008/06/16 01:57

【text】お買い物

取り上げる時期によって味わいが変わるのもロアルカの魅力ですよねー、と言ってみるテスト。

続き
「あんまり姉ちゃんを困らせるんじゃねえぞ」
 ごつごつの手に少しばかりの小銭をのせて差し出しながら、店主は豪快に笑う。
 つり銭を受け取りながら言葉の意味が分からなくて首をかしげたが、別の客に呼ばれて「またよろしくな」と言って、大きな手でくしゃりと頭を撫でてから店主は奥にひっこんだ。
 店の出入り口から「クロア、早く」とルカの声がしたから、まあいいか、こっちもそれ以上何も言わずにきびすを返す。
「お釣りはちゃんともらった?」
 大丈夫と頷くと、そう、とルカは両手で抱えた大きな紙袋を持ち直す。
 持つよ、と進言したら、ルカは首を横に振った。
「いいよ、クロアも荷物持ってるし」
 確かにこっちも日用品の詰め込まれた紙袋を抱えているが、明らかにルカの方が大きな荷物だ。一つ年上とはいえ女の子の方に大きな荷物を持たせるのは、何か、むずむずする。
「私の方がお姉ちゃんなんだから」
 だからなんだっていうんだ。
 力ならこっちの方が強いんだ。畑仕事の手伝いでも重い荷物はいつも俺が持っているだし、この間は3つも年上の相手と喧嘩して勝った――ルカには言っていないけど――だからルカは俺にその荷物を持たせるべきで、
「クロアの方がちっちゃいんだから無理しないの」
 びしりと脳が固まる。
 視線を上げると、ほんの、ほんの少しだけ、握りこぶし2つ、いや1つ分もあるかないか位の差で、緑がかった大地の色をした瞳が見える。こちらのひびの入った心境なんて何も気づいていないのか、けろりとした顔でルカはこちらを――握りこぶし1つ分あるかないかいやむしろこれはないんじゃないかと判定されそうなそんなの僅かな差を――見下ろしていた。
『あんまり姉ちゃんを困らせるんじゃねえぞ』
 そうか、これか。
 そりゃ本当に僅かで少しでほんのちょびっとだけの僅差とはいえルカの方が身長が高いし、1年間しか違わないとはいえルカの方が年上で、しかもルカは何かにつけて「お姉ちゃんだから」とかいってその僅かな差を主張するから、事情を知らない大人たちは同じ家に住む俺とルカを指して「きょうだい」と思い込んで、更に「姉と弟」と思うかもしれない。
 でも年も背の高さも本当に少しのことだし、食事の片付けを任せたら俺の方が早くて綺麗だし、ご本読んであげるなんて自分からいってたくせに字が分からなくて聞き役の俺に尋ねてきたり、読んでいるうちに眠くなっては俺に寄りかかってしがみついてぐうすか眠ったりするし、よだれがつくからぬぐってやったり、あんまり気持ち良さそうに寝ているから起こすのが悪くてこっちの身動きできなくなるし、町でのアルバイトはルカが絶対ダメって反対するからしていないけど畑仕事では俺の方が働きはいいし、ルカはアルバイトの帰りで時々明らかに泣きはらしたような顔なのに家では無理に笑ったりしてるし――それからそれから。
「クロアー、早くー」
 いつの間にか距離が離れていて、ルカは曲がり角で立ち止まっていた。
 ぶんぶんとこちらに向かって勢いよく手を振る。あ、そんなことしたら。
「わあああ」
 手に持っていた大きな袋がはじけて、中身が飛び出した。
「わ、わ、わ……!」
 道行く人たちが器用に避けていく。流れが僅かに淀んだ人波を掻き分けて、ルカが必死に手を伸ばす。慌ててしゃがんで手を伸ばしても、その端から手に持った袋からどんどん荷物がこぼれていく。
 ……うん、やっぱり、俺がなんとかしなくちゃいけないんだ。
 自分が抱えた荷物によろけないように慎重に、それでいて見失う前に素早く拾い上げて、はいとルカの抱える袋の中に入れてやった。
 どうだ。やっぱりルカが「姉」だなんておかしい。女の子はこうやって護ってあげなくちゃいけないんだ。
「クロア、ありがとう」
 ルカは少しだけ涙目になっていたけど、昨日つぼみだった花が朝になって開いたときのようにぱっと笑った。
 ……うん。ドキドキするのはさっき拾い上げるときに、ちょっとだけ駆けたからだ。きっとそうだ。
 一瞬こちらが動けないでいるうちに、膝の泥を払ってルカが立ち上がる。
 ぽんぽん、と髪越しに温かい感触がする。
「クロアはほんといい子だねー」
 ……だから。
 こめかみの辺りがぴくぴくと動く。こちらも立ち上がって眉間の辺りに力を込めたまま見上げたら、やっぱりルカはけろりとした顔で――握りこぶし1つ分あるかないかでいったら「ない」と判断されそうなわずかな差を――見下ろしていた。
「ほら行こう」
 迷子にならないようにと、また弟扱いされて繋いだ手を引っ張られてながら、心に決める。
 ルカにあんな大きな荷物は危なっかしくて任せてられない。
 だからいつか絶対、ルカに茶々を入れられないくらい大きく強くなった俺が持つんだ、と。

「はいこれ。重いからそっちの彼氏さんに持ってもらいなさいな」
 それまでにこにこ笑っていたルカが、へっ? と奇妙な声を上げて軽く身をすくめた。
「あれ違った?」
 若い女性の店員が首をかしげる。
 ルカは、ああいえそのまあ、なんて曖昧な返事と曖昧な笑顔で曖昧にその場を流して、その店を後にした。
 自然と、俺が大きな袋を抱えて、比較的小さな袋をルカが抱えて持つ。持ってもらうも何も、店員からそう差し出してきた。
「えっとあとは」
 預かったメモを見ようとするが、手に持った袋が邪魔なのか小さく折り曲げられた紙が上手く開けないらしい。
 持つよ、と進言すると、間髪いれず笑顔が返ってきた。
「いいよ、クロアも荷物持ってるし」
 そのままメモを開こうとして荷物取り落としたら大変だろ、というと、子供じゃないからそんなドジなことしないよ、と言われた。そこは子供かどうかじゃなくて、ルカかどうかだろうといいたい。
「クロアに悪いよ」
 笑顔のまま困ったように肩をすくめる。
「それに、私がクロアを使っちゃったら悪いじゃない」
 ふっとルカの笑顔に影が差す。
 敵対する組織が跋扈するこの街では堂々と表を歩けず、こうやって日用品からなにやらの調達全て俺達に任せて、宿で待機するしかないクローシェ様の険しい表情がぱっと浮かんだ。
 クローシェ様はダイバーズセラピストという職業に、更にそれに就くルカを毛嫌いしている節がある。確かにパスタリアではダイバーズセラピは「いかがわしい」として禁止されていたし、それを推し進める大鐘堂の御子として表立ってルカを肯定するわけにはいかないだろう。
 一応こんな俺でも大鐘堂に所属する一端の騎士なわけだから、そんな俺がダイバースセラピストのルカと肩を並べて歩いているというのは、クローシェ様には随分と衝撃と抵抗があるらしい。
 この使いも、俺がルカについていこうとすると一悶着あったくらいだ。ルカも半ば苦笑いで聞き流してくれているが、時々疲れたように大きなため息をついている。
 クローシェ様も立場があるからどうしてもルカに対してだけそういう態度になってしまうし、ルカもセラピストもクローシェ様が言うようないかがわしい人間でも物でもなんでもない。かといって二人の間にどう口を出せばいいのか分からなくて、何もいえないでいる。
 搾り出すように、そうかもな、と返した。
「うん」
と、軽くうつむいたままルカが頷き返す。
 頭一つ分ほど低い位置に、緑がかった大地の色をした瞳が見える。
 4年前はそんなに差は無かったのに、4年ぶりに出会ったらこれだけ差が出来ていた。肩も薄くて小さいし、腕は細い棒きれのよう。
 昔はルカと俺の体格にそれほど差はないと思っていた。でも今はその差は明らかだ。俺がそれだけ成長したのか、ルカが昔のままなのか。
 まだメモを開けないでいるルカに、やっぱり持つ、と進言する。
「え?」
 有無を言わせないうちに袋を奪う。予想以上に袋は軽かった。
 何か言いたそうに見上げるルカに、恋人ならこれくらい当然だろと言うと、うっと呻いて、結局何も言わずにうつむいてしまった。
 しゅんとうな垂れた肩は驚くほどに華奢に見えた。手を伸ばして少し力を入れたら折れてしまいそうだ。
 今の俺たちを見て誰も「きょうだい」だなんていわない。ルカを姉だとも、俺を弟だと誰もいわない。
 判定しなくても分かるくらい体格の差は明らかで、抱える袋は二つあっても軽い。
 まだまだ未熟な面も自覚はしているが、隊内でもそこそこ評判になるくらいには腕も上げている。
 色々事情が重なって最初の計画は破綻してしまったけれど、4年越しにルカは俺の隣に立っている。
 いつか願ったとおりに全て叶っている。
 気がつけば追い越していたルカが声を上げる。
「クロア、ありがとう」
 振り向くと、数歩ほど離れた位置で立ち止まってぺこりとお辞儀していた。肩を小さくすぼめてお辞儀する姿は、花のつぼみのようにも見えた。
 頭一つ分ほどの差で見下ろす。もうルカは人の頭を軽々しく撫でたりしないし、そもそも届かないだろう。それだけの差が、4年という月日の間に生まれていた。それだけ二人は変わったんだ。
 行こう、とルカに呼びかける。慌てて頭を上げたルカが、再びメモを開いて道を確かめる。
 これでいい。両手に持った荷物の重みがじわりとしみて、胸がざわめく。きっとこれが満足感なんだと、そう思った。

「じゃあこれね。重いから気をつけてな」
 何歳なのかも判別つかないくらいに皺くちゃの店主から荷物を受け取る。
 さっさと店から出ようとすると、背後で店主とルカが何か話していた。会話というよりルカに耳打ちするように、店主がごにょごにょ笑いながらしゃべっている。途端にルカの顔がぽんと赤くなった。
 外に出ると、数歩遅れて赤くなった頬を押さえながらルカが出てきた。
 何か言われたのか、と尋ねると、ちらりとこちらの顔をうかがって、ますます頬を赤くしてうつむいてしまった。
 こっちを指差していたように見えたから、俺に何か文句でもあったのかと思ったが違うのだろうか。そういうとルカは、違うのっ、とだけ言ってまたうつむく。
「なんでもない! クロアは気にしないで!」
 そう叫んで、ルカは深くため息をついてから、店の前から離れた。
「これで全部かな?」
 ルカが指折り数え、小さな厚紙を取り出して表面に押されたはんこの数を確認する。
 元々は、どうしても職務から離れられないクローシェ様の代わりに、完全予約受注制初回限定豪華特典付きなんたらバージョン何々というのを買いに来て、さらに一緒にあれとこれを買えばポイントがたまって特典がつくから必ずもらってくるように、と重々念を押された。
 これで一つでも間違えていれば、クローシェ様のショックたるやすさまじいらしい。
 そんな状態のクローシェ様を俺自身は直接見たことないが、ルカが時々ぽろりと漏らすのを聞いている分には、あれを見せたら全メタファリカ住民が落ち込むね、だそうだ。
 どんなのだ、それ。
 逆に、こうやってお土産をもって帰ったときのクローシェ様の様子はよく知っている。ぱあっと表情を明るくして、職務中だというのにぎゅっと握って離さない。私室に戻ればもっとあからさまに喜んでくれる。
 あの表情が見たくて使いパシリもついしちゃうんだよね、と自嘲半分楽しそうにルカが言っていた。それに同意して一緒に笑って頷いた。
 新たにやってきた妹は、わがままではあったがそこにトゲはなく、むしろこちらを和ませてくれていた。
 頼まれたものを含めた買い物や所用は、今の店で最後だ。
 久しぶりに二人きりで街を歩く。ルカを追い越さないように注意しながら歩くと、随分ゆっくりな速度になる。それだけこの時間が長くなるならそれがいい。
 頭一つ分下に見えるルカは、横に並ぶと脇と背中が大きく開いていて少し視線に困る。動くたびにむき出しの腰と背中のラインが隙間からちらちらと見えるからだ。
 仕事用にと艶やかで露出の大きな仕様になっているそうだが、こんな時くらいは別の服を着てくれればいいのに。
 視線の置き場にも困るし、最近では周囲からの視線がイヤでも気になる。ちょくちょく違う服にしてみればいいと進言しても、本人はこれが自分のトレードマークだから、と言って譲らない。
 極最近になって、ようやくプライベートの時間だけは私服姿を見せてくれるようになったが、その牙城はまだまだ頑なだ。周囲から注がれるいくつかの視線に――自分で言うのも情けないんだが――嫉妬を覚えなくてもよくなる日はまだ遠いらしい。
 ルカの大きな瞳は昔から変わらない。ただ今は、紅をさした唇と頬が柔らかそうな膨らみ、触れればしっとりと温かいそれは表情を変えるたびに魅惑的に艶めく。
 いつの間に別人になったんだろう。
 4年前、二人の背丈はそんなに変わらなかった。今はこんなにも差が出ている。ルカの細い身体は昔とは変わって、それなりに柔らかなラインを生んで、今は俺の視線の置き場を困らせている。
 いつの間に「女の子」から「女の人」になっていたんだろう。
 瞬きするたびに長い睫が震え――ぱっと瞳がこちらを向いて、考えに耽っていた思考はどきりとはねた。
 綺麗に縁取られた瞳を見ていると、浮き足立つような、じっと見ていたいような、そして見抜かれているような、そんな風に心をざわめかせる。
 背中で護らなくちゃいけない対象は、いつの間にか視線だけでこちらの心を波立てる存在になっていた。
 そんなこちらの心象など、やっぱりお構いなしにルカは細い指を伸ばしてきて、
「持つよ?」
と、無遠慮に人の脇をつつく。指先の感触さえどこか色っぽくてくすぐったい。
 少しだけ熱くなってきた頬を見られないように、別に重くない、と応えてそっぽむく。そっか、とルカは残念そうにうつむいた。
 いや、なんで荷物が持てなくてそんな顔をするんだ。
「んと、えーと……クロア、重いかなーって」
 重くないってさっき言った。
「あ、そっか……えへへ」
 そういう笑い方をするときは、何か他に言いたいことがあるんだよな。
「ち、違うよ! そんなことないし!」
 じゃあこのままでいいよな。
「う」
 またうつむいてしまう。
 しばらくもじもじ下を向いていて、やがて注がれる視線に耐えかねたのか、顔を上げた。
「両手塞がってたら……手、つなげないなって」
 一瞬、意味を飲み込む間があって、思わず吹き出してしまった。
「わっ、笑わないでってば! だだだだって、ほら、はぐれちゃったら困るじゃない!」
 慌てる様子も、手を繋ぐ理由も昔とそっくりだ。細かい仕草は大人びてこっちの目のやり場に困るくらいなのに、本人は昔からずっと変わらない。
 ごめん、と呟くと、ぷうと頬をふくらませてそっぽ向いてしまった。柔らかそうな頬が袋をつくる。それがまたおかしくて、また吹き出してしまう。
「もう知らないっ」
 ついに人を置いてすたすたと歩き出す。
 ――ルカが変わったようで変わっていないのと同じように、自分もまた変わったつもりで何も変わっていないんだろうか。
 どうにか笑いを堪えてルカの手首を取った。
「謝っても……!」
 どさり、と思った以上の音がした。
 この程度重くもなんともない、と思っていたのに、やっぱりこれはこれで手放すと身が軽くなる。
 えっ、とルカが声を上げて、次に袋を取り落としそうになって慌ててつかむ。腕の端から中の荷物がずり落ちそうになっていたので、少し浮かせて持たせなおす。
 ルカは呆気に取られて、俺と袋を交互に見比べる。
 だから、空いた右手で軽く袋を叩いてやった。
 嬉しそうに花が咲き、ついで花弁に少し恥ずかしそうな色が差す。花はまた少しうつむいて、ぽつりとこぼす。
「クロア、ありがとう」
 差し出された手を握ると、きゅっと小さく握り返される。繋いだ手からやわやわと温かい感触が全身に広がっていく。胸が熱くなって、自然、頬が緩む。
 互いに荷物を分け合って、引っ張られるわけでも後ろにおいていくわけでもなく、そのままルカと二人並んで歩きだした。

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