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#68 2008/12/01 02:32

【text】リハビリその2

原点回帰という言い訳のワンパターン。呆れられても責任取れません。

続き

 いつもの笑顔がぴくりと歪む。頬に触れる親指を動かすと、くすぐったそうに片目をつむって、柔らかそうな唇がきゅっと結ばれた。
 空いている左腕を伸ばして、本人はくびれが足りないなどと不満を漏らしていた細い腰に腕を回す。軽く力を込めるとあっけなく重心が傾いて、ぽすんと軽い音を立てて腕の中に肢体がおさまった。
 顎の辺りに頭の頂点がふれ、まとめ上げた髪がくすぐったい。呼吸で揺れるたびに石鹸のいい匂いがする。これから繊細な作業に入るのだから、そんなことで集中を乱してはいけない。
 自分の胸に顔をうずめる後頭部をゆるく撫でてから、棚の上においていた延命剤に手を伸ばす。水晶のような形をした、ひんやりとした感触が手の中におさまった。
 クロアの右側、ルカにとっての左半身をちらりと見やる。両腕は頭と一緒に自分の胸に中に納まって、拳を作っていた。
 いいのだろうか、と一瞬逡巡してから、出来るだけ力を入れすぎないようにインナーを少しずらす。見えてきたのはほとんど日焼けしていない白い肌と、そこに浮き上がる歪な円形の、痣のような、刺青のような、インストールポイント。
 インナーに触れる際に指先がインストールポイントにかする。途端に、腕の中で細い肩がびくりとはねた。
「……悪い」
 パッとルカが顔を上げる。
「あ、ちっちがうの、今のはちょっとその、びっくりしたっていうか」
 言ってから同じことだと気付いたのか、ルカは唇をかんでまたうつむく。こっちもなんといえばいいのかわからなくなって、誤魔化すようにルカの背中を撫でた。
 彼女達レーヴァテイルだけが持つ特殊な器官、インストールポイントから延命剤を投与され、命を繋ぐ。人の器官で言うなら口内だろうか。とても敏感で、繊細な器官がむき出しになった場所。扱いには充分気をつけなくてはいけない。
 もう一度「悪い」と呟くと、ルカは何も言わずにいっそう胸に頭をうずめた。
 いつものことながら気が急いている、落ち着こう。声に出さず呟いて、大きく息をつく。
「いくぞ」
 なるべくリラックスできるように柔らかく言ったつもりだったが、かえって低い声になってしまったかもしれないな、と内心舌打ちする。
 ルカはこくりと頷いて、いいよ、と呟いた。
「――っ!」
 ほんの先端が触れただけで、ルカは全身で反応した。手の中の水晶は容易くずぶずぶと、溶けるように挿入されていくというのに、それを受け入れる側の苦痛は相当のものだという。
 掴まれたシャツはぎゅうと固く握りつぶされ、胸に収まる額には玉のような汗が浮かぶ。
「は…………くぅっ」
 悲鳴というにはささやか過ぎる、固く結んだ唇の合間からたまたま漏れ出たような声。ほんの僅かに挿入する速度を抑えた。その間にルカはつめていた息を解いて、大きく息を吸う。そしてまた唇を食いしばった。
 以前に比べれば、最近のルカはわりと痛みを表に出すようになった、とは思う。
 とはいってもあからさまに痛みを訴えるのではなく、息継ぎの合間に漏れる音をほんの少しだけ我慢しなくなったり、これまで爪の跡が残るほど自身の拳を握り締めるだけだったのをクロアのシャツを握ることで緩和させるようになったりと、これまで「沈黙」のために回していたエネルギーを少しだけ解いてくれるようにはなった程度だ。
 もう一つ。本当にほんの僅かにだけルカがクロアに寄りかかってきてくれるようになった、ような気がしている。
 こっちの方が構えやすいから、といってルカはよっぽどの重体でない限り立ったままで延命剤投与を行っている。その上で胸にかかる重みが以前より増えた。体重が増えたというわけではなく、より触れる面積が増えてそれだけ密着してきてくれている気がするのだ。
 少しでも彼女の負担が減ればいい、と言い訳をつけて自分の重心をより背後に置いた。ルカが気づいているのかいないのかわからないが、これで少しは寄りかかりやすくなったと思う。
 ――それに。
 目を細めて、知らず腰に回した手でルカの背中を撫でていた。それに気がついた彼女が、汗の浮かんだ顔を上げて視線だけで微笑む。瞬きで応えて、今一度集中するべく浮ついた気持ちを尖らせる。
「っ……んん!」
 ルカが身をよじった。
 押し付けられるように擦り寄せられた部分から柔らかさと温もりが伝わり、ほつれた髪が張り付くうなじが目についた。抱き寄せる腕の中で背筋が身もだえするようにくねるのがわかる。顔ごと押し付けられたシャツの上から、柔らかい唇が動いたのがわかる。そして抱える体の重みの感触がわずかに増した。
 手先に集中するつもりで視線をずらす。鏡もないのに自分が今どんな表情をしているのかなんとなくわかって、あまり見られたくないな、と内心ため息つく。
 ――この重みの分だけ信頼されているのでは。
 なんて、こんな状況を喜んでいるなど知られたら顔向けできない。

 最初は頬から触られた。ちょっとごわついた手だったが、指先の僅かな動きからでもこちらを気遣っていてくれるのが伝わってくるような、優しくて柔らかくて、少し嬉しい感触。
 無意識に頬が緩みそうになるのをどうにかこらえたら、随分間抜けな顔になったような気がする。毎回反省して、毎回今日こそはと心掛けてもなかなか上手くいかない。
(クロアが真面目な顔をしてるのに、悪いよね)
 ごめん、と胸中でつぶやいて、息を吸う。すぐに抱き寄せられて、身を硬くした。
 左脇から始まって、すぐにびりびりとした激痛が全身を襲う。初期の衝撃に耐えていると、やがて僅かに痛みが引いていく。その合間を縫ってほっと息をついた。
 少しだけ余裕を取り戻した頭で、ごめんクロア、と呟いた。
 この緩急はクロアのおかげだ。自分ひとりで投与していたときにこんなのはなかった。傷みが早くなくなるようにと、力任せに投与しては一人もだえていたから知っている。
 こちらの呼吸に合わせてスピードを調整してくれている。もちろんその分時間はかかってしまうだろうが、気持ちとしては以前より痛みが緩和されている気がする。
 それに、と息を吸う。
(クロアの匂いが安心するな、なんて言ったら、変、だよね……)
 わずかに熱くなった頬を見られないように、息を吐き出す振りをしてうつむいた。
 瞬間再び痛みが走る。くっ、と唇から声が漏れた。
 指先に力がこもる。頭の反対側ではこれ以上寄りかかってはいけないとブレーキをかけようとする。相反する思考に耐え切れず、ぐっと額をこすりつけた。
 やわらかな布の感触と、肌の温度、どれだけ力を込めてもびくともしないだろうたくましい体格。厚い胸板に埋もれるたび、強烈な衝動がこみ上げてくるのが押さえられない。
 「ごめん」と「もっと」という声が聞こえる。つま先に力を込めるか、かかとで堪えるか。
 どちらも選びきれずに頭を振った。

「い、った……っ」
 伏せていた瞳をばちりと開く。クロアが視線を下げると、しまった、というルカの顔が見えた。
「ルカ」
「大丈夫だから、ほんと、大丈夫……早く終わらせちゃお?」
 一度開始してしまえば途中で止めることができないのは本当のことで、だったらさっさと突き入れて終わらせた方がいいのだろう。
 ――わかってる。
 ため息は内側にとどめた。本当についてしまうとルカは別の意味で拾って、また申し訳無さそうに激痛を伴う行為を自ら促すだろう。そもそも、この感情をため息でしか表現できない自分にいらだつ。
 謝ればいいのか、優しく励ませばいいのか、とにかく時間を短縮してさっさと終わらせればいいのか。
 結局どれも選びきれなくて、そうか、とだけ呟いて指先に力を込めた。
「……っ、くぅ!」
 ルカの髪がクロアの顎に触れる。力を込めるあまり少し背伸びする形になってしまったらしい。ぎゅうと音がするほどシャツが握り締められる。
 息が整うのを見計らってペースを落とし、また戻す。くっ、と唇を食いしばる声が聞こえて、再び握りこまれたシャツにシワがよる。
 と、ルカは慌てて手を離した。安物なんだし別にいいと言っても、首を横に振られた。気を使ってくれているらしい。
 こんな時まで気を使う精神は見習うところもあるかもしれないが、こんな時くらいは無遠慮に頼ってくれたっていい。でなければなんのために今ここに自分がいるんだ、と内心唇を尖らせる。
 それともやはり頼られてはいない、ということなのか。以前よりはわずかに増量した任せられた重みに浮かれていたかつての気持ちが、かえって今の悔しさをつつく。
「っ、はぁ、……ぁう、っつ……!」
 もう残りは僅かだ。クロアの気が急いているのか、それともルカが限界なのか、じっとり汗ばんだ額を胸にこすり付けて悶えつづける。
 また手を緩めた。あとほんのつま先ほどなのだからいっそ押し込んでしまえ、と囁く気持ちはルカの苦悶の表情を見てさっさと萎える。
 はあ、とルカも大きく息をついて、クロアの胸に当てていた握り拳をほどいた。

(もう少し、もう少しだから)
 何度も何度も繰り返してきたはずなのに、どうしてこんなに耐え難いのだろう。レーヴァテイルの命を繋ぐ行為だとは頭で理解するし、レーヴァテイルであることのメリットも充分わかっているし、現にレーヴァテイルであったおかげで得がたいものもいくつも得てきた。
 それでもこの瞬間だけは、レーヴァテイルなんてなるもんじゃない、と頭の中で愚痴をこぼす。
(痛みを意識しないで、無心に、意識をなくして、何も考えないように、考えないように)
 僅かに手繰り寄せた余裕にすがって、身体から力を抜く。
 ぽふ、と鼻先が沈んだ先は人肌の温かさと安心する匂いがした。意識的に思考を放棄していた頭に、こみ上げる衝動がするりと滑り込んで突き上げた。
 固まっていた指先が、一瞬何かを掴むように開いて、そのまままた固まる。
(――って、ばかー! 何考えてるの私はっ)
 一瞬で熱くなる頬を意識しながら、かといって今のこの体勢を突き放せる状況でもない。勝手に暴走する思考と、必死に止めようとする理性がぐるぐると頭を巡る。あわあわと混乱している間にクロアの胸においていた手のひらを、意味無く開いたり閉じたりを繰り返した。
「……ルカ」
「え、あ、なっ、何?」
「手」
 手? 一瞬、クロアの手でも踏んづけてしまっていただろうかと思ってしまった。体勢からもそれはありえないと気付いて、ようやく自分の手のことをさしていると気付いた。
 ちらと横目にみようとして、
「ちょ……っ」
 ルカの右手を、クロアの――延命剤投入につかっていない――左手がつかんでいた。
 ただ握りこむだけに終わらず、強引に手のひらを開き、指を絡めて、互いの指を交互に重ねる。ただ手を握るよりも密着度が高いせいか、ルカの火照る指先にクロアの手のひんやりした感触が心地いい。
(……これ、いいかも)
 指先から身体にたまった余計な熱が逃げていくようで、なんだか涼しい。
(手、って、こういうこと?)
 この効果を狙ってのことだろうか、とクロアに視線を向けようかとした瞬間、
「あっ……つ、ぅ……!」
 忘れていた痛みに意識が引き戻される。残りの延命剤は本当に僅かしかないというのに、痛みは最大のものになってしまっているような気がした。
 痛みでまともに目蓋も開けていられない。ただ右手の感触、クロアの手のひらの感触にすがる。
 火照る指先が、ひんやりとした感触に過敏になる。心地よさはやがてくすぐったさにとって代わった。白く柔らかい手のひらを、少し硬い感触が侵食する。
 痛みで悶えるたびに指が動いて、いっそ突き放してしまいたくなるのに、クロアの指先はそれを阻止するようにまた深く絡ませてくる。手のひらの汗でつるりと滑るのを、力を込めて押さえつける。
(ぁ……なんだろう、手を握ってるだけなのに)
 思考が不安定になる。
 痛みで突き上げられて、すがった感触は全力で意識を向けるにはいまやくすぐったい。動かないでと念じても、もちろん通じるわけもなく、機械のように滑りやすくなる指先を留めようと終始動く。そのたび、気持ちよさとくすぐったさを交互に行き来する。
 どこにも気の置き場が無くて、でもいっそ全部意識を任せてしまいたくなって、でもやっぱりそれは不安で怖くて危うくて、でもでもでもでも。
「痛っ……!」
 白く鋭い針のような感触が、脳天を突き抜ける。

 しまった、と思った頃にはもう遅い。
 最後の一欠けらがインストールポイントに沈んだ瞬間、ルカが一際大きく仰け反る。反射的に圧し掛かられ、色々なものを抑圧することに終始していたせいで気力も消費していた上に、元々背後に重心を置いていたせいで驚くほどあっさりとバランスが崩れた。
 今の今まで延命剤投与に集中していたルカが、突然の三半規管の乱れに驚いてばたつく。
「わわわっ!?」
 どしん、と派手な音をたてて、背後にあった寝台に二人で大きく尻餅ついた。最初の衝撃が収まると、ギシギシと寝台のスプリングが批難の声を上げる。
 スプリングの声がやみ始めた頃、
「……やれやれ……」
 ため息しながらクロアが身体を起こす。
「ルカ、ルカ、大丈夫か?」
 そういえばいつかも、最後はこんな感じで二人そろって倒れたことがあったような気がする。などと考えながら、身体を支えるように肘を突き出した。
 うーん、と呻きながら頭を上げる。延命剤投与の痛みとちょっとしたハプニングで頭が追いついていないらしい。
「クロア……今の、何が……?」
「悪い、つまづいた。後ろにベッドがあったからたいしたこと無かったけど、ルカは痛いところない、か――」
「多分、大丈夫――」
 ゆるゆるとルカの焦点が定まっていく。と、ある時点でハッと大きく瞬きした。
 その瞬きの拍子で、互いの睫が触れそうになる。お互いにそれがどういうことかと理解した瞬間、
「っ、あ」
 ルカの頭が僅かに仰け反る。寝台が再びギシリと悲鳴を上げた。
 クロアの肩に腕を回して重なるように倒れた。上着を脱いだ短いスカートから伸びる、白いニーソックスをはいたルカの太ももが驚きのあまりすぼめようとしたのに、ぺたりと座り込んだのはクロアの脚の上だ。
 二人とも完全に固まった。クロアがごくりとつばを飲む。
 瞬きの音さえ聞こえそうな距離で瞬きもせずに、互いに「なんて間抜けな顔なんだろう」と、相手の瞳に映りこむ自分の姿をずっと見ている。部屋に備え付けられた時計の音だけが、時は静止していないと証明してくれていた。
 ぱたぱたぱた、と誰かの足音が慌しく近づいて、びくりと二人が身体をすくめた。
 音が遠ざかる。扉の向こうの廊下を、少々乱暴な誰かが通り過ぎたらしい。詰めていた息を、二人同時に吐き出した。
「はぁー」
 崩れるように、二人そろって起こしていた身体をシーツに沈める。
「びっ、くりしたぁー……色々が……」
「ああ……」
 そろってため息つく。
 ――どうしよう、辛いかも、これ。
 ――勘弁してくれ。
 もう一度、深く深くため息する。
 ルカがごろんと身体を転がして、クロアの上からシーツの上に移動する。横を向いたまま、手のひらを開いたり閉じたり繰り返す。やっぱり延命剤投与の効果は抜群だ。体調はいいがドッと疲れた気がして、また大きく息をついた。
 その手のひらを、クロアの手が上から包み込んで引き寄せる。
「ん?」
 横になりながらも、出来る範囲で首をかしげた。掴んだ手のひらをクロアがマジマジと見つめている。
「ひゃあ!?」
 と思っていると、手のひらの特に肉の厚い柔らかな親指の付け根の辺りを、べろりとひと舐めされた。
「ルカ、ここまでしなくてもいいだろ」
「ここまでって……あ」
 くるりと返された自身の手を見ると、ちょうどクロアが舐めた辺りに三日月形の赤い傷が出来ていた。深さからして、クロアが舐める前なら血が流れていたかもしれない。延命剤の痛みに耐えるあまり、握りすぎた爪が自分の手のひらを傷つけていたらしい。
 ちらりとクロアの方に視線をやると、メガネの奥に半眼になってるのが見えた。
「ルカ、前から言ってるが――」
「わーっ、わかってます、ごめんなさいっ。でも、そのつい、ダメかなー? って思っちゃって」
 ルカのその言葉に、クロアが深い深いため息をつく。
「何度も言ったけど、もう一度言う。辛いなら、すがってもかじっても何でもいいから、辛いっていってくれ」
「う、でも、すがるーとか、かじるーとか、普通はこういう場合あんまりいい意味で使われないんじゃ……」
 しょんぼりしながら辛うじて反撃すると、じろりとした視線で打ち返される。
「ルカはそれくらい言っておかないとダメだからな」
「な、何よーそれー!」
 またクロアがため息ついて、ぼそりと呟く。
「そうしてくれた方が、こっちも気がまぎれる」
「え? 何?」
 よく聞こえなかった、とルカがずいっと身体を寄せてくる。
 倒れたときほどではなかったが、それでも思わず鼻先が触れるくらいまでにはまた顔が近づいた。まだ少し汗ばんだ肌と高潮した頬。上着を脱いでいるせいで、ルカの顔以外は大変目のやり場に困る。
 仰向けになる振りをして視線を逸らしたのに、わざわざクロアの胸によじ登ってまでルカが追いかけてきた。
「もぅー、何何?」
 胸板の上に顎を乗せて唇を尖らせる。だらしないともいえる格好だったが、実際二人とも精神的に憔悴していたので相手をつっこむ気にならない。自然、おしあてられたお互いの胸からトクントクンと僅かに感触が響く。
 そのことにほぼ同時に気付いて、また沈黙。先に目を逸らしたのはクロアだった。
「ああー、何その態度っ」
「いや、そりゃそうだろ」
 押しのけるほどの気力も無かったので、ごろりと横に転がった。
 ――これ以上追い詰められたらたまらない。
「もう、何よぅ!」
 クロアの背中に向かってまだ納得できないルカが、ブーイングをぶつける。
 やがて、それも飽きてきたのか唇だけは尖らせたままクロアの背中に額を押し付ける。
「一人で、変なこと考えてたの、馬鹿みたいじゃない」
 ぴくりとクロアが反応する。それに気付いていないのか、ルカは何度目かのため息をひとつ吐いて、ぶつぶつとなにやら文句を続けている。
「……ルカ、変なことって?」
「え、そりゃあ……その…………」
 顔を見ないでわかるくらいに嬉しさが混じった声色で、うん、とつぶやく笑う。照れ隠しなのか、クロアの背中のシャツをつまんで指先でいじり始めた。
「ルカ」
 ん、とルカが顔を上げると、クロアが振り向いていた。お互い寝台に横たわったままだったが、クロアがルカの頬に手を伸ばす。
「俺も多分、同じようなこと考えてた。変、か?」
「えっ」
 言ったそばから後悔したのか、きょとんとするルカを前に、クロアが僅かに視線を逸らした。
「あ、ああ、ああ――……えっと」
 ようやく理解の追いついたルカが、今度はうつむいてもじもじと指先をさわる。
 しばらくそうやってなんともいえない間を置いた後、
「その、いっつも歓迎するわけじゃないけど、でも嬉しいっていうか、あっでも常にそんなこと考えられてるーっていわれたら微妙かな、でもでも――」
 言ってることが支離滅裂になってきたところで、ルカがクロアのシャツを握った。
 投与のときに握りすぎて少しシワになっていたところを、指先でいじる。伸ばしているのかさらにシワを増やしているのかよくわからなかったが、細い指先で布の向こうの体温に触れようと念入りになで始める。
「でっでも、そういうのもありかなって思ってるところもあって、大歓迎ってなっちゃうとさすがにはしたないし恥ずかしいんだけど、でもでもでもやっぱり拒絶してるわけじゃなくて……!」
 ますます思考を混乱させる一方のルカの頬を、クロアがやんわりと撫でた。
 もういいから、と口を開こうとしたクロアを遮って、はっとルカが顔を上げる。
「ぁ……えへへ」
 頬を撫でられて、あんまり嬉しそうに笑うので、クロアがまた半眼になる。
 ――それは、ずるい。

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