小ネタ。
「……生きてる?」
右耳を手で押さえてまず確認。一応機能している、ような気がする。
「はい、おしまいねっ」
起き上がったクロアの頭を、ルカが笑顔でぽんぽんと叩いた。そこから発せられた声をマジマジと吟味して、自分の鼓膜が両方とも無事だったことをクロアは確信した。
白い綿毛のついた耳かきを丁寧にふきながら、「恋人らしいことしてあげる」という最初のコンセプトを達成して満足げなルカとは対照的に、気分としては新手の拷問か何かかと思うほどに恐怖体験を経験したクロアは、形の上では自室でルカの膝に頭を乗せて寝転がっていただけだというのに疲労困憊のていだ。
もう一度左右の耳から血が出ていないことを確認して、ようやくクロアはほっと胸を撫で下ろした。
「…………ありがとう」
反射的に口をつこうとした言葉を飲み込んで、代わりに感謝の言葉を口にする。
「また今度してあげるからね」
「そうだな」
イエスともノーともつかない曖昧な返事をしておいて、脇においておいた眼鏡に手を伸ばす。頭を彼女の膝においてなすがままになっているときは本気で悪魔か何かに思えていたが、改めて見るとやっぱりルカはルカで、邪気の無さそうな笑顔でにこにこしていた。
眼鏡をかけると、満足げに笑っている顔が精細にうつる。己の所業も把握せず、やり遂げた顔でにこにこしているのを見て、クロアはなんとも言えない複雑な心象になった。
ピン、と何かがひらめく。
「次はルカの番だな」
そう言われたルカがきょとんとして、何故かその後一瞬疑うような目をクロアに向けたが、向けられた本人はこれといって動じることなく、
「ほら」
ルカの手から耳かきを取って、床に正座して、膝を叩いて見せた。
うーん、と悩んだ顔をし、まあいいか、と結論付けた顔をして、
「……い、痛くしないでね、クロア」
色々言いたいことはあったが全て飲み込んで、とりあえず上目遣いでそういわれることが精神衛生上ひどく悪かったので、眼鏡の位置をなおすフリをして視線を外した。
ルカはもっと色々思い知った方がいい。主に太ももの柔らかいようで芯のある感触とか、細い指が首や耳を撫でるくすぐったさとか、何かを払おうと耳に吹きかけられた息の甘さとか、ついでに鼓膜存続の危機だとか。
「失礼しまーす」とルカは小さく呟いて、一度だけクロアのふとももをちょんとつついてから、「……えへへ、なんか、照れるね」と頬を染めて、深呼吸一つし、ようやくそっと頭を乗せた。
横向きだからか膝を曲げて、身体を小さく丸める。
ため息。
大きく開いた上着から覗く背中がどうにも視界から離れないことに、ある種の敗北感を覚えながら、とりあえずルカの耳に――自分に引き出せるできうる限りの柔らかさで――ふっ、と息を吹きかけておくことから始めることにした。