NAYA

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#83 2009/06/30 01:13

【text】2人がいちゃいちゃしてるテキスト

イチャイチャしてるだけですよっと。

続き

 今日も目のやり場に困る。
 一日の仕事が終わり、私室に備えられたソファの上で着替えもせずにぐったりと横になっているルカを、クロアは眼鏡の奥で半眼になりながら見下ろしていた。
 御子の寝室としてあてがわれた宮殿の一室。主であるルカの趣味を反映してインテリアなどはほとんど置かれていなかったが、真紅の壁と床に映える金色の装飾が施されたソファの柔らかさはルカもいたくお気に入りらしく、うっかりすると常時シルクのシーツが備えられた寝台よりも横になっている。
 風邪をひくからやめろとか、いくら大きなソファでも身体を横にするのは無理があるだろとか、逐一クロアが忠告しても一向に改善される様子はない。今日も一日中、会見と会議とライブの練習に明け暮れて、すっかりクタクタになったルカは真っ先にソファに倒れこんでいた。
 すっかり夜も更け、クロアが寝室に様子を見に来るまでそのまま眠っていたらしい。
「んー……ぁ……クロア?」
 人の気配に目が覚めたのか、横にしていた身体をごろりと転がして仰向けになる。眠そうに顔をこすりながら、ぼんやりと潤んだ視線でクロアを見上げた。
 身長の割に長く、そして日頃の健脚ぶりを証明するかのように細く締まった脚が、ソファの上から床の上に無造作に投げ出されている。ソファの上で体勢を変えた拍子に、短いスカートから伸びる二本の脚も艶かしく動き、上着からちらりと覗くくびれた腰がくねる。
「困る」
「え?」
 開口一番の物言いに驚いたのか、ルカは大きな瞳をぱちぱちと瞬きした。
 とりあえず言うことは言ったので、クロアは無意識に逸らしてしまっていた視線を戻して向き直った。
「せめて靴くらい脱いだらどうだ」
「うー、」
 意味不明のうなり声を上げ、もそもそと音がしそうなくらいに面倒くさそうに起き上がりそうな気配を見せて、結局ぽすんと音を立てて再びソファに戻っていった。
 仕事や社会的な活動に関してはかなり律儀で、にこやかな笑顔の下では常に高い緊張を保てるだけの集中力を見せるルカだったが、それだけに一度崩れるとなかなか持ち直れない。
 自分の前でだけはずいぶんと「リラックス」してくれるようになったのはいい傾向だとクロアも思っていたが、それが「無防備」になるのは俺が困る、とも思っていた。
 そっとため息つく。
 今度はうつ伏せでぐんなりと伸びているルカを見下ろす。ただでさえ極端に短いスカートから、脚の付け根が見えそうで――見ないことにした。眼鏡のツルを直して、なるべくその辺りを見ないようにその場でしゃがみこむ。
 ぶらりと床に投げ出された足を掴んで靴のかかとを外し、そっと靴を脱がす。白いオーバーニーソックスに包まれた爪先がぴくりと動いた。もう片方の靴もさっさと脱がして、ソファの脇にそろえて置いておく。
 やっぱり見えそうになる色々な部位を避けようと不自然に視線を逸らしながら、ぼそりと呟く。
「……さすがにどうかと思うんだが」
「クロアのえっち」
 急に口を開いたと思えば、聞いて欲しくないことを聞いてくれて、かすかに持っていたクロアの下心をストライクで打ち抜いていく。
 それに気付いているのかいないのか、ルカはゆらりと身体を起こして眠そうにソファにもたれかかる。
「御子様はー、自分でー、着替えたりなんかしないんだよー。だから私も着替えなくていーいーのー」
「なんだそれ」
 どこから持ち出したのかよくわからない理屈を唱えて、とにかくそうなの! と頬を膨らませたままルカは譲らない。
 クロアは呆れたため息をつきながらクッションを抱えるルカの左手を取って、手の甲を覆うグローブに指をかける。リストバンドの部分をずらして、指輪を外す。
「クロアの指使い、やーらしー」
 疲れは本音と建て前の壁も取っ払うのだろうか。容赦のなくなったシンプルな表現で歌うようにそう呟く。
 とりあえずそれは無言で抗議することで反撃し、右手も同様に外してやって、ソファの前にある金の装飾のついたテーブルの上にきちんとそろえて置いた。相手にされなかったことが面白くないのか、ルカはぷうと頬を膨らませていっそう深く背もたれに体重をかけていく。
「ほんとにマメだよね……」
 いつもは最低限シワをつけない程度に広げてその辺にぽんと投げ置いているからか、感心しているような呆れているような声色で、クロアの手際を評価する。
「俺のせいで使い物にならなくなった、って言われたくないからな」
「気にしなくてもいいのに」
 ルカの横にクロアが腰掛ける。抱えるクッションをいったんわきに置かせて、両腕を前に伸ばして飾り袖の金具をぱちんと外してやる。軽く引っ張ると二つともするりと取れた。
「あ、でも」
 何か思いついたように顔を上げるルカに、ん? と小さく首をかしげて先を促した。
「クロアになら、――その、使い物にならなくしちゃってくれても、いいかなっ」
 主語が抜けた代わりにルカは照れくさそうに笑いながら、再びぱたりと横になる。
「なんでもないっ……今の、忘れて」
 逃げるな、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。熱くなるのを感じる頬と顎を手で押さえて、ごほんと一つ咳をする。
「……そうか」
 あとで問い詰めるから忘れない、と心で誓って意識を戻す。その言葉にルカもうんと呟きクッションに顔をうずめた。片腕を投げ出してぷらぷら揺らす。
「だから――」
「わかったってばー、あとでちゃんとベッドで寝ますー」
 でももうちょっとだけ、と呟いて、クッションをふかふかと抱えこむ。
 何度目かのため息をついてから、ソファの外に出していたルカの脚を掴んで膝の上に乗せた。ちょうどルカの膝下部分がクロアの太ももの上に乗り上げる。それに気付いたルカがぱたぱたと脚を揺らした。
「もう、子供じゃないんだから大丈夫だってば」
「前もそういって、結局朝までベッドに戻らなかったろ」
「うー」
 納得いかないとばかりに更に駄々を踏む。それを無視してルカの脚を飾るリボンを解き、指先に巻き取るようにして取っていく。
 そっと手を伸ばして太もものニーソックスに手をかける。ルカはクロアに背面を見せる形で横になっているので、自然、太ももの裏側に手を触れることになった。さすがにくすぐったかったのかぴくっと肩が震える。
 クロアもクロアで困っていた。体勢上、手の置き場に視線をめぐらせれば、その根元――つまりはスカートの中――が見えそうになるのだ。脚線美の根元にある、丸い輪郭を視線で追わないと誓える勇気がどうしても持てない。その上、全体的にすらりと伸びた細い脚だったが、さすがに太ももを指で押せば厚い弾力のある感触が返ってくる。
 置いた手の反対方向に視線を向けて、指に力をかける。わずかに食い込んだ布地をめくるためには、もちろん指自身をその下に滑り込ませる必要がある。過剰に圧をかけないように、爪を立てないように、肌の滑らかさに気付かないように、最低限の力と意識で指を滑り込ませた。
 刹那の間、僅かに埋もれた指先から伝わる温かい感触にクラリとする意識を、頭から引き剥がすための攻防戦が繰り広げられる。
 辛うじて勝利して――あるいは敗北して、あとは肌に触れないように浮いた布地をつまんでひっぱりおろす。布地の端をくるくると巻くように足のつま先まで持っていく。太ももから膝裏へ、膝裏からくるぶしへ、くるぶしからつま先へ。綺麗に整えられた小さなピンクの爪が布の下から表れたときには、クロアは思わずホッと息をついた。
 本当はこれも先ほどと同様にキチンと畳まなければならないのだろうが、ぬるい体温が残るそれをもう一度触る決心がどうしてもつかなくて、ひとまず脇に置いた。
 大きく息を吸って、吐く。脚は二本あるのだ。
「ルカ、こっち向いて」
 下側になってしまっている脚をこちらに向けるように指示をする。クロアの声に反応して、んむー、と意味不明の眠そうな声でルカはごろりと仰向けになった。
 寝返りしたときにそのままでは苦しい体勢だったのか、膝を曲げて山を作る。クロアの膝上には白いニーソックスをはいたままの足と、白い肌の裸足が乗った。
「……伸ばして」
 あわせて浮き上がる腰の向こうに、何か見てはいけないものを見てしまったような気がして、目蓋に焼きつく前に目を閉じ、曲げた膝をぽんぽんと叩く。
 んむむー、と再び意味不明の今度こそ眠そうな声を上げてから、クロアの言葉に従うように膝を伸ばす。脚の根元に見えた影はそのまま太ももと重なって見えなくなった。
 先ほどよりは自制の舵取りが出来るようになってきた――中身はさして違いがない――ことが、効果のあるうちにさっさと残った片足も終わらせる。やっぱり温かさの残るそれを意識しないように脇におく。
「ルカ」
「んー」
「ベッドにいこう」
「……」
「違うそうじゃない、そういう意味じゃない」
「何も言ってないよぅ」
 耳まで赤くしてうろたえるクロアが面白かったのか、ルカがとろんと眠気が残る眼差しのままくすくす笑う。
「とにかく……身体起こせって。出ないとこのまま……ほんとに脱がすぞ」
 引っ張り起こすつもりなのか、ルカの肩をつかもうと胴体に伸びてきたクロアの腕を一瞥して、
「やってみたらいいと思うよ」
 ぴたりと胸元の真上で腕が止まる。でも、とルカが続けた。
「……それで、えっちなことしたら、大声出しちゃうかも?」
 むにゃむにゃと眠そうな声で、しかしクロアが視線を向けると、重そうな目蓋を薄く開きながらにやにやと楽しそうに笑いながらルカが呟いた。
(どうしろと)
 内心盛大に毒づいてから建て前の言葉を探す。
「じゃあ脱がすぞ」
「いいよー」
 いっそ寛大さも漂ってきた眠気の濃い顔でルカが頷いた。それを見たクロアは盛大にため息する。せめてもの抗議とあてつけと、決断のために。
「そうか」
 存外あっさりと伸びてきた腕が胸元のリボンに触れる。ルカは顎を僅かにあげた。
「無闇に触ったらきゃーって言っちゃうかもー?」
 茶化すようにルカが唇を尖らせる。
 その言葉には返答しないまま、クロアはマメや傷跡でやや歪な形になってしまっている指先を器用に動かしては、きちんとリボン以外の部分に触れずに解いていく。
 黙々と作業をこなしていくクロアを前にルカは一瞬眉根を寄せ、次に複雑そうな顔してから小さく頭を振った。そして何かに耐えるようにぐっと目をつむる。
 カチコチと部屋に備えられた時計の音がする。気がつけば、呼吸の音を立てることもはばかれるほどに部屋は静まり返っていた。ガラス窓一枚隔てた部屋の外からは、フクロウがか細い鳴き声を響かせている。
 蒸し暑い夜だとクロアは思った。額に汗をかいている。だから、これは蒸し暑い夜なんだ、と。
 時間をかけながらも上から2つ目は順調に進み、3つ目のリボンがしゅるりと音を立てて解けた頃、ふとルカが顔上げた。つられてクロアも顔を上げると、何故かルカの顔が赤くなっている。
 ルカが力みすぎて、かすれてしまった声をどうにか搾り出す。
「さ、触るほど大きさもないだろ、とか、思ってる……!?」
 べたり、と手のひらが支える力が抜けてそのまま落ちた。
「「あ」」
 2人同時に口を開いて、2人同時に結んであったリボンが元あった場所、ちょうどルカの胸囲のトップ部分に手が『墜落』するのを見た。しかも、手のひらをちょうど下に向けて。
 じわじわと布越しに伝わる体温を実感して、見る見るうちにルカの顔が青く染まっていく。ぱくぱくと空気を噛むように開け閉めしながら、やがて唇は一つの言葉の形に定まる。
「きっ――――んむ」
 悲鳴の形に固まろうとした唇をクロアが咄嗟に塞いだ。覆いかぶさるように、自分の唇で。
 頭を動かして逃げようとするルカを間髪入れずに追いかける。重ねた唇の下ではまだ「きゃー!」と叫んでいるんだろうな、と一人ごちながら忙しなく動くルカの舌と唇の応戦しつつ、クロアは最後のヒモを解いた。
 留めヒモを解いた上着は、重力と、ジタバタ動く胴体の動きに従ってはらりと前が開く。あまりにバタバタ動くので、空いた片手でルカの両手を掴んでクッションの上に押し倒す。
 汗ばむ肌の感触とキスの余韻を残しながら、どうにかして頭を上げると、はだけた上着を身につけて、うっすら涙を浮かべて恨めしげに見上げるルカがいた。
 最初からこうしてしまえばよかったんだ、という声は頭の中で押し殺して、代わりに浮かんだ言葉がある。
 やっぱり、今日も目のやり場に困る。

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