「NAYA - 補給の代償ってロアルカじゃなくね?」とツッコミいただきました。
……。
べっ、別に続きとかじゃないんだから! こっ、これはそう、リベンジ! ちょっとだけ「その通りだなうひゃあ続きはないよとか書いちゃったよフォローも出来ないよどうしよう」とか思っちゃっただけなんだからね! だからこれはただのリベンジで、別に続きとかじゃないんだからね!
いい、あなたにはまず自覚が足りないわ。騎士としての自覚はもちろんのこと、あなたの今の立場についても自覚が足りません。その身体は、すでにあなたの勝手だけで都合を付けることが出来るものではないのよ。あなたが倒れることで任務に支障が出るという損失だけではなく、あなた以外の人間にも影響が出ることを意識なさい! あなたが身体を壊していては、どれだけ多くの仕事をこなしたところで結局周囲に悪影響が出るだけです! あ、いえ、別にその、無駄な労働だったとまでは言わないし、むしろそれをあなただけに割り振った人事に問題があるといえるでしょうから、そこについてはあなたに非はありません。ただ問題は、あなたが自身の体調や精神状態を省みず周囲に報告しなかったり、たとえあなたの状態に気づいてそれを鑑みた人事に割り振っても、あなた自身が無視したり断っていてはフォローの意味がないといっているの! そのことをよくよく理解し、あなたはまず自分自身を管理できるようになりなさい! それが出来ないうちに一人前の騎士を名乗るとは恥です恥! 御子室付きの騎士の恥とあれば、私たち御子、ひいては大鐘堂、そしてメタファルス全土の恥! そんな失態は誰をおいても私が許しません! いい、わかったかしらクロア! ……ちょっと、どうして笑っているの、私は真剣に――!
「って、言われて、あとは――」
「……あー、うん、その辺でいいよ、もう」
クローシェ様に何言われたの、なんて自分からつついた手前、最後まで聞かないといけないかなと思っていたのに、どうにも頬のあたりのゆるみがこらえ切れなくなってきたので、ルカは軽く手をふってクロアの言葉を止めた。
どんな表情で言っていたかありありと目に浮かぶが、その説教からほんの数分前までは、今クロアが腰掛けている寝台横の椅子の上で、
「クロアに御子室を離れて欠員のフォローに入れと命令したのは私だし過密スケジュールだとは聞いていたけれどクロアは平気そうな顔をしてうなずくから大丈夫だろうって思ってでもそれでクロアが倒れちゃって今度はそのクロアを看病に行ったお姉ちゃんまで倒れちゃってもうもうどうしたらいいか」
と、べそべそ涙ぐんでいた姿と重ねると、真剣なクローシェには申し訳ないが、どうにも笑えてしょうがない。
かわいそうなくらいにしょげていたので、
「大丈夫だよ、レイカちゃんは悪くないよ。ちょっといろんなことがありすぎてしわ寄せがきちゃっただけだから、クロアが悪いわけでもないし、それを指示していたレイカちゃんが悪いわけじゃないよ」
と、言葉では慰めていたが、熱があるのと普段凛々しい姿のクローシェとのギャップがちょっと面白かったのとで涙目になっていて、あまり説得力がなかったかもしれないな、と今になって思った。
その後、ルカからの慰めを受けてひとしきり泣いてすっきりしたクローシェからの怒涛の説教を受けて、クロアも消耗した顔はしているもののその表情は穏やかだ。
「俺の自己管理のなさのせいで、ご心配をおかけしたみたいで」
そう、彼にしては珍しくおどけた様子で、肩をすくめた。もしかすると照れているのかもしれない。
クローシェからのお許しが出て、クロアが執務室から出ると、彼が宮殿に来ていると話を聞いたタルガーナとレグリスと、それについてきていたアマリエが顔を見せにきていた。3人とも、いつも通りの様子に見えたが、さりげなくこちらの体調を気づかってくれた。
「……思っていたより、周囲の持つ俺の評価は高いみたいだな」
「そうだよー。特に心配していたのは、クローシェ様に、レグリスさんに、タルガーナさんに、あと騎士の人たちも結構動揺してたみたい……クロアがいなかったら、今の大鐘堂は成り立たないかも?」
アマリエだけはいつもどおりだったっけ、皆のあわてっぷりが面白かったんだから、なんて指折り数えながらくすくす笑う。御子用の豪奢な寝台から身を起こして話している姿からは、いつものルカの様子と変わらないように見えた。
医者からも、体が冷えただけだろうから十分に休めばすぐによくなる、と言われたらしい。本人も「ちょっと熱があるだけなのに、皆、大げさだよね」と薬の入った袋を持ち上げて笑っていた。
それにクロアもつられて微笑み、ルカの手をとって、一つだけ立っていた小指を包むようにおらせた。
「ルカは?」
え? と軽くうつむいて笑っていたルカが顔を上げると、思ったよりずっと近くにクロアの顔があった。
「ルカは俺のこと、心配してくれた?」
「えっと、あの、それはもちろん……」
呼吸も聞こえるほどに近くなっていた距離を離そうと、ルカが少しだけ身を引いたが、すぐに同じくらいの距離に詰めよられた。
「レグリス隊長に、ルカから俺のことを頼まれたって聞いた。クロアのことだから、無理していても無理していることに気づかないから、周りが言ってやらないとわかりません、様子がおかしいようなら徹底的に問い詰めてください、って言われたって」
「いや、それ、私個人っていうか、御子室からの書類で通したし、クロアの名前も出してないんだけど……」
「それも言われた。でも、その書類を一緒に見ていて、事が起こる前にこんなことを言うのはルカの方だろうし、ルカがいうならそれはクロアのことね、ってアマリエが気づいたそうだ」
ルカががっくり肩を落とす。レグリスのそばにはアマリエがいることを失念していた。あの友人はレグリスどころか、実はルカよりよっぽど勘がさえる。
ついでにいうと、先ほど出会ったときにその書類の話を持ちかけてきたのはアマリエの方で「確証はないんだけどねー。カマかけてみれば面白いかも?」と笑い顔で冗談半分に助言されたが、それはルカをより追い詰めるような気がしたので説明は控えることにする。
せいぜい甘やかしてあげるといいかもね、あの子も結構うろたえていたから、と去り際にアマリエからこっそり耳打ちされたのを思い出す。
本当だな、と今度はクロアのほうがクスクス笑って、今度は笑われてしまったルカの方が照れたように唇を尖らせる。
「ルカも人のことは笑えないな?」
「ク、クロアのことだから、直接言っても聞かないだろうし、だったら周りから言った方がいいかなーって……それに、欠員の補充にいってから全然クロアと顔を合わせる機会がなかったし、忙しいのは私も聞いていたから疲れている夜に会うのも悪いかなって……」
どんどん声は尻すぼみになり、どんどんうつむいていく。
「同じだったんだな」
少しだけ苦そうに呟いた。
え? と顔を上げたルカに軽く頭を振って、
「ルカも、人のことは言えないよな、って」
「何それ、私はクロアみたいに体調管理できてなかったわけじゃないし! 昨日の――」
そこまでいって何を思い出したのか、ついに耳まで赤く染めて、毛布をぎゅっと握る。
「昨日の?」
「あ、な、なんでもない、なんでもないから! と、ともかくその、私が熱出したのは、えっと、そう、昨日の雨でちょっと濡れて、そのままにしていたから……」
「それは体調管理ができていないんじゃないか?」
「ち、違うよ! そうじゃなくてそうじゃなくて」
はいはいと返事して、ルカの赤い額にキスを落とす。触れた唇から常ではない熱を感じて、そろそろこの楽しい時間も終わらせよう、と名残惜しくもそう思った。
「大したことがなくても風邪は風邪だ。きちんと休養とらないとこじれるぞ」
「クロアがいうと説得力があるなあ」
といってルカは小さく舌を出し、クロアが何か言う前に毛布を頭から被って逃げこんだ。その下からクスクス笑い声が漏れてくる。今日は勝てないな、と軽く肩をすくめた。
「じゃ、俺は行くよ。おやすみ」
「うん、おやすみ」
寝台に背を向けて立ち上がると、ルカも毛布の下から腕を伸ばしてバイバイと小さく手を振った。
それに応えながら、片手で扉のドアノブに手をかけると、ひやっとした感触が指先に吸い付いて、不思議と、それが微かに気に障る。
宮殿にあがるので、クロアも今は一応騎士の装甲を身に着けているのだが、何故か朝からグローブが見当たらないので今は素手だ。
冷たい金属のノブから手を離して、自分の節くれだった手をまじまじと見る。
気に障らない感触とは、なんだっただろう。
覚えていないはずの記憶の感触が、指先を撫でた気がした。
「あれ? クロア?」
戻ってきたクロアに、ルカが目を丸くする。毛布の端から見えていた手をとって、クロアは再び椅子に腰掛けた。
「ルカが眠るまで、ここにいる」
有無を言わさぬ物言いに、ルカの頬が熱とは違う意味で赤くなる。
な、なんで? どうして? と驚いた様子でルカが尋ねてきた。
『――無理していても無理していることに気づかないから、周りが言ってやらないとわかりません――』
素手で握ったルカの手が温かい。自分の温かさは、ルカにも伝わっているだろうか。
どうしてかって?
「俺がこうしたいから」
――そうしてくれて、嬉しかったから。