NAYA

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#27 2008/03/12 19:17

【text】手紙

 ヤマとかオチとかイミとかってなんすかそれ。
 捏造? るっかるかにしてやんよ( ・ω・)っ≡つ

 そんな過去話。

続き

『パスタリアでの仕事は大変だけど、俺は元気にしています。
 前の手紙に書いていたココナも、最近ようやく元気になってくれて、いつの間にか俺の世話をしてやるんだって息巻いてます。小さい頃のルカにも同じことを言われたのを思い出して、ココナを見ているとミント区にいた頃に戻ったような気になります。
 あの時の約束、必ず果たすから。
 レイシャさんによろしく。ルカもセラピの仕事は大変だろうけど、身体には気をつけて。』

 必死に言葉を絞り出して書いたであろう簡素な文面を見て、そういえば自分のことを話すのは苦手だったっけ、と思い出して小さく吹き出した。
『ココナを見ているとミント区にいた頃に戻ったような気になります。』
 そうそう、近所の子にルカとの関係を茶化されて、上手く言い返せなくて結局取っ組み合いのケンカになったこともあった。
 当時から腕っ節の強かったクロアはケンカには勝ったのだが、向こうの親御さんが怒ってケンカに割り込んできて、一方的にクロアを責めていた。話を聞いて駆けつけたルカが飛び込んで、まず謝罪し、その後、クロアの途切れ途切れな言葉から推測した経緯を説明した。こういうのは多少はったりきかせてでも強気に出るべきなんだ。
 そのうち、最初にけしかけてきたのが自分の子供たちのほうだとわかったその親は、今度は謝罪し返してくれた。
 あっという間に丸く収まった場を見て、クロアが目を丸くしていたのを覚えている。ルカすごい、……ごめん、と。
 あの頃からそんなだったよね、それが随分立派なお子さんになりまして、なんてクスクス笑っていると、不意にするりと滑り込んできた苦い思考に笑みが固まる。
『パスタリアでの仕事は大変だけど』
(向こうに行くのは、まだ時間がかかりそう)
 生き別れとなった妹のレイカがいるかもしれないという首都パスタリア。厳しい人口管理のもと、街に住むには厳しい審査と許可が要る。こんなリムの片隅にある開拓区に住む、一介の町娘には到底手が届かない代物だ。
 それは同じミント区出身のクロアも同じだった。しかし、彼は持ち前の才能と努力でパスタリアに本拠を構える政府機関・大鐘堂の騎士となり、その権利をものにした。
 これは千載一遇の好機だ。騎士の家族としてパスタリアに住むことができれば、それを足がかりに妹を探し出せるはず。
 そう、これは重要な足がかり。だから、クロアが騎士として活躍し、家族を迎え入れることが出来るまで、決して「大変」な騎士としての任務をくじけさせてはいけない。
 ぼうっとしていると、階下で物音がした。咄嗟に持っていた手紙を封筒に戻す。
 息を潜めて耳を澄ますと、どさっと何かを置いた音に続いて、水音が聞こえた。
 封筒をじっと見つめて、扉を見て、もう一度封筒に視線を戻す。小さく唇を噛み、迷って、椅子から立ち上がった。
『レイシャさんによろしく。』
「あの、クロアから手紙来てたよ。元気にしてるから、おか――レイシャさんにもよろしくって書いてあった」
 流し台で収穫してきた野菜を洗っている母の背中に向かって、手に持った封筒を手持ち無沙汰にいじったりしながら、知らず知らず早口でまくし立てる。
 手紙に書かれていた義務を果たす。いや、こんな義務がなければ、まともに話しかけるきっかけさえ見つからないくらいに、母親との溝は決定的になっていた。だから、少しだけこの一行に感謝する。
「そう、元気そうで良かったわ」
 ああ、と声にならない吐息をついて、うなだれる。
 しかし、せっかくの機会を決死の覚悟で使ったことに対して、背中を向けられたまま、素っ気無い返事がきただけだった。
 レイシャは今もって、振り返ることもなく、手を止めることもなく、言葉を続けるでもなく、淡々と流し台で作業している。
(別に、今更期待なんてしてないけど)
「……うん、それだけ」
 部屋に戻ろうときびすを返すと、ねえ、と思いがけず声をかけられた。
 驚きと期待をこめて振り返ると、流し台に手を置いたまま頭だけで振り返ったレイシャが、
「セラピの仕事、まだ続けるつもりなの?」
 と、口早に聞いてきた。
 その話か、と気づかれないように小さく肩を落とす。さっと視線をそらして、ぼそぼそと定型句を探した。
「……うん。協会やラーおばさんにはお仕事以外でも色々お世話になったし、私一人の意見じゃ、今更辞められないよ」
「生活するためのお金が欲しいなら、ラクシャクに出なくても十分稼げるじゃない。もうクロアもいないんだし、二人だけなら、そんな」
「クロアのこと、そんな風に思っていたの?」
 はっとした顔で、レイシャは口を押さえた。そういう意味じゃ、と指の間から小さく漏れ聞こえる。
 わかってる、と内心つぶやいて、卑怯だな、とうつむきながら目を細めた。互いに、この場にいない誰かを盾にしているだけなんだ。
「ねえルカ、私はあなたのことを心配して――」
「ちょっと仕事の準備が残ってるんだ。ごめん、その話は後にして」
 無理やりに会話を切って――いや、これはただの押し付け合いなんだ――階段を駆け上がる。背後から「ルカ!」と鋭い声が届いて、刺される前に扉を閉めた。
 扉に寄りかかり、小さく上がった息を整えながら、手に持った封筒をじっと見つめる。
『あの時の約束、必ず果たすから。』
 パスタリアのクロアの元に迎え入れてくれるという約束。
 レイカを探すための手がかりとなる約束。
 息が詰まりそうなこの家から抜け出すための約束。
 封筒をぎゅっと握る。
 目を閉じると、あの日の草原が、今も鮮やかにまぶたの裏に映し出される。まだ幼い体つきだったあの頃の姿。それでも、誰よりも頼もしく見えたのを覚えている。
 全てが変わったあの運命の一夜から、灰色で鈍い光しか持たない今の世界で、クロアとかわしたあの約束の記憶だけは色彩を持って燦然と輝きを放つ。
 今となっては、その輝きは目を焼き、己の醜さを照らすだけ。
『必ず果たすから。』
 クロアが、私のことを未だに想ってくれているという宣言。
 そう思い至ると同時に、ずぶり、と鈍い痛みが自分を貫いた。

『大好きなクロアへ。
 私は元気です。お母さんも、クロアの安否を聞いて安心していました。
 ダイバーズセラピの仕事も大変だけど、最近は固定の常連さんもついて、セラピについてもなかなか好評です。それに命の危険に晒されるわけじゃないし、騎士のお仕事に比べたらきっとずっと楽だよ。クロアこそ、怪我には気をつけてね。
 そうそう、ココナちゃんてまだ9歳なんだよね。クロアがそんな繊細な時期の女の子を相手に出来るとは思えないなあ。ココナちゃんは随分しっかりしているみたいだけど、大事にしてあげてね。
 約束、覚えててくれたんだね。私も、ずっと待ってます。
 それじゃまた。』

「おおっと、クー君なんだか今日はご機嫌だね」
「ええー、そうかなあ、ココナにはいつもと同じように見えるけど」
「クー君とは付き合いも長いから、愛ゆえにってやつ? ココナちゃんもそのうち分かるようになるよ」
「シンシアさん、すごいんですねっ」
 当事者を放っておいてどんどん話を広げていく二人を見て、やれやれ、と手に持った食材を持ち直す。
「でもクー君、そんな浮かれていたら、次の任務じゃ今度こそやられちゃうよ」
 先日の任務で攻撃を受けてひびが入ってしまったクロアの装甲をつつきながら、シンシアがそう言った。
『クロアこそ、怪我には気をつけてね。』
「そうならないよう、ここに頼むんだ。シンシアの腕は他の誰より信頼している」
 その言葉に、シンシアがしゃっくりを飲み込んだような顔になる。奇妙な間をおいて、そそそりゃ当然の帰結だよね、とやたらと動揺しながらシンシアがそっぽ向く。
「ほら、もう用はすんだし、行こうココナ」
「はーい、シンシアさん、またね」
 全身でバイバイを表現するココナを引っ張りながら、商店街の通りを抜けて自宅に戻る。
 抱えた荷物をどさどさとテーブルに置くと、それぞれに仕分けをしようと手を伸ばしてきたココナが、そういえば、と先ほどの会話を持ち出してきた。
「ね、なんで今日のクロはご機嫌なの?」
「いつもと変わりないよ」
「あ、そっか、今朝届いた手紙だね。クロのご家族からだっけ」
 クロアの報告を無視してココナが勝手に結論付ける。
 浮かれているつもりはないものの、確かにその一件のおかけで朝から気分が良かったのは事実だ。説得は諦めて、そうかもな、と返事する。
「家族っていうか……まあ、そうだな、家族からだ」
「それじゃあご機嫌にもなるよね!」
 うんうん、と一人頷く幼い少女は、ほんの少し前に自分の家族を亡くしたばかりだ。クロアが少しだけ目を細める。
『大事にしてあげてね。』
 ぽんぽんとココナの頭に手を置いた。顔を覗き込むと、よくわかっていないらしいココナがきょとんと首をかしげている。
 もう一度頭を撫でてやって、これを頼む、と食材の袋を手渡した。受け取ったココナは、はーい、と元気な声を出して家の奥へとかけていった。
 シンシアからオマケしてもらった武具の手入れ用の道具箱を片付けようと、二階の寝室に上がって寝台わきの棚に箱を置いた。
 同じ棚の引き出しをあけると、白い封筒の束がきちんとしまってあるのが見えた。一番上の封筒を取り出して、中の便箋を取り出す。
 朝から何度も読み返したその文章を、もう一度じっくり読み返す。
 短い文面だ。その上、書いた本人ことなどほんの少しで、ほとんどが他人への気遣いで埋められている。ルカは昔からお節介で世話焼きだったな、なんて思い出して小さく微笑んだ。
 小さい頃にくだらないことで近所の子供と喧嘩したときも、どこからか話を聞きつけて飛んできてくれて、相手の親に責められていた自分をかばってくれた。
 喧嘩でもぼろぼろになり、言葉で責められてぼろぼろになり、何より自分にはかばってくれる親がもういないんだという現実を突きつけられているときに、彼女は自分をかばってくれた。
 謝らないでいいんだから、クロアはルカの家族なんだよ、そういって帰り道で慰めてくれたのを覚えている。
『約束、覚えててくれたんだね。私も、ずっと待ってます。』
 左腕がずきりと痛む。服の下に隠れているそこには、装甲が負傷した際に腕にも衝撃が到達し、今はきつく包帯が巻かれている。
 それはI.P.D.保護の任務だったのだが、辛うじて対象は保護できたものの、自分をかばってくれた先輩は入院するほどの負傷をおった。しかし、保護対象の家族や近隣の住民からの風当たりは強く、「人でなし」だとすでに飽きるほど浴びた言葉を投げかけられもした。
 便箋を見ながら、知らず、片手で傷に触れていた。
『私も、ずっと待ってます。』
(こんなんじゃ、まだまだ、だよな)
 クロー、と階下からココナの呼ぶ声が聞こえた。険しくなっていた表情に気づいて、肩の力を抜く。
『大好きなクロアへ』
 と、その一文が目に留まり、「大好き」という言葉をうっかり反芻してしまって、急激に照れくさくなってあわてて便箋を封筒に戻す。
 白い封筒を引き出しに丁寧にしまって、どうした、と声をかけながら階段を下りていった。

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